| 2005年 3月 | |||
角田光代 「対岸の彼女」(文藝春秋) いわずと知れた、今期直木賞受賞作。 「オール読物」で抜粋を読んで、やはり全部読みたくなった。文春さんはさすがに商売がうまい? 等身大の目線で、今を生きるごく普通の女性たちの来し方、そこからつながる現在をたんねんに描いた、 ある意味好感の持てる小説だったので。 読み終えて、この作者は、ある点とても健康なひとかもしれない、という印象を抱く。 こういう風に、本当に普通のひとに気持ちを重ね合わせることのできる作家は、実はあまりいないように思うのだ。 この著者は、普通の生活をいとおしみ、きちんとこなしてきたひとかもしれない。 作家ではなかなかそういうひとはいないように思うので、著者の資質は貴重かも。 彼女の直木賞受賞式に、同世代の若い女性編集者が大勢きて、嬉しそうに頬を上気させていたというが、わかるような気がする。 「(同じ体験を共有していた)高校生のころは友達をつくるのはかんたんだった。(境遇が異なってくる)おとなになったらむずかしい」 という帯の文に、そんな著者の人柄、考え方、「普通さ」が出ている。 たとえば私にとっては、高校生(小学生でも中学生でも)の頃より、今の方がある意味で易しい。 どこまでを「友達」と線引きするかにもよるけれど。 小さいころは無理だったけれど、今は共通の興味のあるひとと出会える。それがすごく楽だ。 印象に残ったのはこんな文章。 「なぜ私たちは年齢を重ねるのか。生活に逃げ込んでドアを閉めるためじゃない。 また出会うためだ。出会うことを選ぶためだ。選んだ場所に自分の足で歩いていくためだ。」 |
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松本清張 「黒革の手帳」上下(新潮文庫) 昨年テレビドラマ化されて話題を呼んだ作品。 最近清張ブームだそうで、ちょっと読んでみました。 ドラマはちょっとだけ見たのだが、だいぶ脚色されていたんですね。 原作はドラマよりずっと救いがなく(主人公がほんとに孤独で、恋もしかけたけどつめたく振られる)、 ある意味冷え冷えとした物語。 でも「医者の脱税」のような税制の問題など、 この作品によってもっと知られるようになったのだろうか。 今月号の「文芸春秋」で、宮部みゆきと半藤一利が清張さんについて対談しており、、 その社会的な問題意識の鋭さを指摘していたが、 このような問題をかぎつける嗅覚のすごさも、トップに君臨しつづけた一因なのかもしれない。 |
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宮部みゆき 「火車」 (新潮文庫) 山本周五郎賞を受賞した、著者初期の代表作のひとつ。 クレジットカード社会の落とし穴に落ちたヒロインたちの物語だというふれこみだったが、 なるほど2人のヒロインがいずれも借金(サラ金とカード)の犠牲者というところ、 そして彼女たちの姿を通じて今の日本社会の闇に触れているところが面白かった。 謎ときもすごく凝っていて、人間の描き方もきめ細かい。 このあたりのきめ細かさは、清張さんにはないものかも。 この著者もほんとうにすごいひと。 「司馬さんのあとの国民的作家は宮部みゆき」だと書いていた書評欄があったが、 ナットクである。 守備範囲の広さは驚異的。その点では、少なくとも他の女流作家の追随を許さないのでは? |
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吉田真 「ワーグナー」(音楽之友社) |
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音楽之友社から出始めた、「作曲家 人と作品シリーズ」の一冊。 ワーグナーについてはあまり勉強していないので、スタンダードな知識を得るために買いました。 著者は気鋭のワーグナー研究者です。 まさに今のスタンダードとして最適の一冊。 この種の本の宿命として概略的な書き方なのだが、ところどころ細かい興味深い点に触れていることが見逃せない。 たとえばワーグナーが若い頃にいたリガの劇場で、上演中は照明を落とすのが習慣だったとか (バイロイトでワーグナーがはじめたのがはしりと伝えられるが、前例があったわけだ)、 パリでの無名時代の無名の芸術家たちとの交流とか。 またマイヤベーアとの葛藤(まあワーグナーの方が一方的に葛藤していたみたい)が、分かりやすく説明されていたのもよかった。 それから、ハンスリックとの対立などに見る、論争のばかばかしさ(わざと煙を立てたい?ワーグナーの性格)もよくわかった。 また、ワーグナー没後の「バイロイト王朝」についての、コンパクトで分かりやすい記述もよかった。 「新バイロイト様式」に代表される、演出の変遷史も加わっていたのも手引きとしていいと思う。 もうちょっと遊んでもいいような気もするが、この体裁とボリュームでは無理なのでしょうか。 |
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樋口裕一 「頭のいい人、わるい人の話し方」 (PHP新書) 130万部のベストセラー、なんだそうです。 「ああ、こういうひといる、いる、いる!」と共感(うっぷん晴らし?)したいひとのための本。 要するに、「悪い話し方」のサンプル集。 問題のひとが「自覚するためのワンポイント」などという欄がありますが、 「自覚」は無理なんじゃないでしょうか。 周りが無理やり自覚させるのも大変なようで・・・ |
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牧野宣彦 「イタリア・オペラツアー」(あんず堂) イタリアの各地の歌劇場紹介(と、現地を旅行した際に入ったレストランなど・・・)ブック。 ベルガモとかイェージえーとか、マイナーな街の劇場も入っていて、ガイドブックとしての使い勝手はいいと思う。 ただ文章が・・・いくらガイドブックといっても、本にする以上ただ書き流すのではなく、もう少し文章らしい文章にしてください、といいたいのだけれど。 このタイプの本にそれを求めてはいけないのでしょうか。 |
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日垣隆 「売文生活」(ちくま新書) 漱石から現代まで、日本の文士の「売文」事情を読み解いた意欲的な新書。 明治から昭和の前半にかけての文士の懐事情、とくに昭和初期の文士の黄金時代など、たいへん面白く読めた。 漱石が、文士としておそらく初めて、自分の値段について細かく交渉を行ったこと、その周到さなどを書いた章を読んでいて、 (ちょうど著作権の確立し始めた19世紀に、自作の版権について細かく交渉し、後世のモデルになった)「ヴェルディみたい」と思ってしまった。 偉大なひとって、現実的な面がぜんぜんだめなひともいるけど、その反対ですごくしっかりしているひともいるんですねえ。 現代の状況に関していうと、著者はどうやら、作家やライタ−に時々見られる「貧乏自慢」が嫌なようで、 ちゃんと自己管理すれば「お金も自由も」という生活ができるはずだ、と高々と宣言している。 著者の生計は、有料メルマガ、印税プラス原稿料、その他の収入、がちょうど1対1対1だそう。 このひとはかなり経営者としての感覚があるようで、またそれがなければフリーになるのは無理、という感覚らしい。 それも分かるけれど、世の中そういうしっかりしたもの書きばかりじゃないし、そういう点でだめなひともいるから面白かったりするのでは。 辛口の小気味よさはこの著者ならではで、読物としてはとても面白かった。 ショックだったのは、著者の書いている雑誌の類の原稿料が、1枚万円前後ということ(それに比べて音楽業界の・・・)、 原稿料の振込みが、「月刊誌でも当月中に払い込まれるのが当然」(それにくらべて音楽業界の・・・)という点。 残念ながら私はそういう雑誌に書いていないので。 ただ、「支払が遅れ気味になるのは、書き手が大切にされていないか、信頼関係が成立していないのでは」と切って捨てるような書き方には、 少々抵抗を覚える。 「日本ペンクラブの会費の納入状況が、会員2000人のところ1000人弱」という部分も誤りでしたし(「週刊文春」の書評欄で米原万里さんが指摘していました)。 |