2004年 8月


斉藤一人 「ツイてる!」(角川oneテーマ文庫)

長者番付第一位、斉藤一人の成功法則?
実はこの手の成功法則?みたいな本はけっこう読むのですが、
とくに最近は何だかミもフタもない欲望肯定みたいな本が多く(たとえば口ぐせ博士の恋愛法則?の本など)、
ちょっとげんなりしていたところに、この本、なかなかよかった。
成功をどうとらえるか、心次第というところがいいです。
お金も生かす知恵次第。
ご興味のある方は一読の価値あり。


DAYS JAPAN 9月号

広河隆一氏編集の話題のフォト誌。
話は聞いていたが、これまでなかなか手に取る機会がなかった。

チェチェンの町のがれき風景も凄かったが、
自衛隊、なぜサマワに派遣されたか、その記事が説得力あり。
サマワは、イラク最大の原油積み出し港なのだそうだ。
大手マスコミ、誰もこの点にふれない。
そりゃ、いくらアメリカ支持のためといっても、何にも益がなければ日本も派遣しませんよね。
これを益があるのだから当然ととるのか。それとも。


否戦 私たちの派兵反対メッセージ(週刊金曜日増刊)

浅田次郎、西部邁、三木睦子から小林節、旧日本軍軍人まで、それぞれの立場からの派兵反対メッセージ。
重信メイとインリンの対談が面白い。
メイ「今日本の人は窓を真っ黒に塗られたバスに乗っているみたいです。
外が見えないまま、ボーっとバスに乗っているのは楽かもrひれません。
でも「窓を開けて」「目的地はどこですか」と声をあげることが必要でしょう。
・・・乱暴な運転でバスが谷底に突っ込む恐れだってあるのですから」
イデオロギーと関係なく、誰もが考えてみるべき発言だと思うけれど。


群ようこ 「おかめなふたり」(幻冬舎文庫)

群ようこの飼い猫エッセイ。
以前買い求めた群さんの動物エッセイが最高に面白かったので、期待したのだけれど。

うーん、この猫、ちょっとだめみたい。
猛烈に甘えん坊でわがままなので、私のようにかまうのだめ、という人間にはパスな猫です。
こんなにげんなりしてしまうのは、つまりそれだけ著者がうまいということだと思うけれど。

「戦争のつくりかた」(りぼん・ぷろじぇくと)

有事法制、憲法改正、戦争のできる国、その方向が進むとどうなるか、
絵本じたてにして子供にもわかりやすく解説した1冊。

「人のいのちが世のなかで一番大切だと、今までおそわってきたのは間違いになりました。
一番たいせつなのは、「国」になったのです。」

そういうことですね。
その「国」が何をさすのか、そこまでは切り込んでいないけれど、つまりそういうことなのです。

「国」ってなんでしょうか。
大人も考えるべきでは。


鶴見俊輔、上野千鶴子、小熊英二 「戦争が遺したもの」(新曜社)

鶴見俊輔に、上野、小熊の両氏がインタビュ−するかたちの、聞き書き本。
鶴見氏の戦中体験、戦後の軌跡、ベ平連と全共闘運動など、
ひとつの戦後史が、聞き書きというかたちで分かりやすく語られている。
慰安婦問題に関する上野氏の突っ込み方など、インタビューする側の切り込み方もスリリング。

鶴見氏の、日本人に関する分析が面白かった。
明治以来、日本人がかかってしまった「一番病」の分析や、
「ベ平連」などの運動の盛り上がりが、日本人が戦後疑問に思っていたことが噴出した結果だとか
(戦後すぐは飢えていてそんなエネルギーはなかった由、なるほどです)、
そのあたり、「なんであんな気の狂ったようなこと」と、冷たい目を向けている昨今の論者とは違う。

両親との関係の分析、母親の影響を逃れたいという放蕩など、
個人史もそれなりに面白い。
自身でも言っているように、やはり狂気をひめた人なのだと思う。
そのような人でなければ、何かは残せないというのは本当かもしれない。

この著者にかんしては、他に瀬戸内寂聴、ドナルド・キーンと対談した「同時代を生きて」(岩波書店)も読んだが、
こちらはもっと雑談風の交遊録で、こちらの方が読み応えあり。


香山リカ 「〈私〉の愛国心」(ちくま新書)

日本中を震撼させたイラク人質事件から4ヶ月、
あの出来事に感じた違和感をきっかけにした本、またその延長線上にある本が最近何冊か立て続けに出ている。

これは、最近の右傾化の流れを心理学の立場から観察してきた香山リカ氏の最新刊。
彼女は今の日本に漂う現実主義、私的な、身近な問題にしか関心を持たない傾向を観察し、
「身もふたもないネオリアリズム」と喝破し、
過剰なまでの自己への傾倒が、外側に対しては身もフタもないネオリアリズムへと化しているという。
つまり自分に関係のないことには徹底的に醒めているということだろう。
そんな彼らは、実は大きな「不安」を感じているのではないか、と分析する。
嫌われるのではないか、馬鹿だと思われるのではないかという不安を。
「身もフタもないネオリアリズム」は、「生き延びるための他人事感覚」なのだと。
その結果、弱者や少数者に対するバッシングもおきる。
人質事件のように。

「日本社会や日本人の多くは、不況、治安の悪化、急速な社会変動などへの不安などから、
著しい内向き志向、心理的視野狭窄から・・・深刻な統合の喪失、思考の断片化までを起こしていると考えられる。
そこで求められ始めたのが、明治維新のころはこうじゃなかったといった、
幻想の日本の強さやたくましさへの回帰願望なのであろう」

私には説得力のある分析に思える。
というのは、勇ましいことを発言する論者のなかには、
劣等感を感じさせるような口汚さや、人種差別的感覚をもつひとがしばしば見受けられるからだ。
不必要に自分たちの優位を強調する感覚は、不自然に感じられる。

著者はまた、日米関係について、
日本もアメリカも病んでおり、その両者に健全な関係は育ちにくいことを指摘する。
アメリカの病は、人間にたとえると、心がもっている複雑な処理能力が機能不全になり、思考が極端に二分化していることだという。
つまり心の深みを失い、場当たり的な反応しかできなくなっているのだ。
「われわれの側につくか、テロリストの側につくか」とブッシュが言ったように。
こういうタイプは、人間にすれば他者への共感ができないタイプなので、
いざというとき泣きついても冷酷にあしらわれるかもしれないという。
なんとなく想像はつきますね。

日本の病理は上に述べたようなものだが、日本人はもちろんそれに気づいていない。
著者によると、「病めるものは、さらに病めるものと関わってあわよくば相手を立ち直らせることで、
自分が救われることを願う」という。
そのため、日本はアメリカとの関係を維持することに過剰に熱心になっているのだそうだ。

著者は最後に警告を発する。
自己への不安感から、今日本人の多くは、他者への想像力が働きにくくなっている。
そのような状態のときに、これまでが「思考停止状態」だとか、「日本人はこれから健全になるのだ」と言われても、
(いやそのように大声で言わなければならない状態がもう不健全だと著者は喝破するのだが)、
本当にそのことを考えることができるのか、と。
どんな意見でも、自分のものとして検分する必要があるのではないかと。

まったくまっとうな感覚ではないかと思うのだけれど、どうだろうか。
それとも、もうそんなことは考えてもわからないというほど、日本の社会は劣化してしまったのだろうか。


斉藤貴男 「安心のファシズム」(岩波新書)

住基ネット問題などを通して、管理社会への警告を発し続けている斉藤貴男の最新刊。
イラク人質事件に、「正念場だ」と強い危機感を抱いたことが、執筆の直接の動機らしい。
第一章で、人質事件に対する日本社会の反応を詳細に紹介、分析しているが、
それに関連して、最近の別の事件、たとえば部落解放同盟に送りつけられた匿名の中傷の手紙に、
「差別することで心を回復させることができる」とあるのに注目している。
つまり癒しとしての中傷である。
そのような視点から、ネットやメディアに氾濫した人質バッシングを、
「対象が女、子供だからいじめやすかった」と分析している。
ここはなるほど、と思った。
この本にも記されているように、後で人質になった2人には、
前の3人のようなバッシングは起きなかったが、
家族が出てこなかったことのほかに、この2人のほうがしっかりしていた、大人だった、というのもたしかにあるかもしれない。
今井、郡山氏の記者会見のあと、バッシングが下火になったのも、
「くみしやすし」という先入観が裏切られたため、と分析している。

後半では、「銃後の空気を心地よく感じる土壌が着々と蓄えられている」という視点を、
著者ならではの、携帯電話、自動改札機、監視カメラなどの機器から分析。
とくに監視カメラの章が興味深かった。
ある区の監視カメラ委員会で、実際には機能していないカメラをつけることも検討された
(つまりたんなる脅しの箱でもいいという発言)ことがあったということに驚いた。
つまりいざという時に役立たずでも、脅す道具になればいいわけである。
またそもそも当初は監視カメラという名称だったのに、現在一般に使われている防犯カメラという名称に変わったというのも、
抵抗感を薄める目的なのだろう。

このような監視社会は、なるほど監視する側とされる側に分けられていく。
しかしそれを受け入れる側が、本当は一番問題なのだ。
日本人の大半は、どうすればいいか教えてもらった方がいいのだというようなことを言う政治家がいるが、
日本人にはたしかにそのようなところがないではない。
ただそれも、時代の空気により強弱があるわけで、
今はやはりかなり強くなっているのだろう。
その背景には、香山リカ氏のいう「不安」があるような気が、たしかにする。


小林よしのり「ゴー外!」(アスコム)

はじめて小林よしのりの本を買いました。
イラク人質バッシングにもの申した本だったので。
漫画ではなく、対話形式。
この事件に関する、これまでのメディアの報道をかなりくまなく汲み取っている点も貴重。
その報道のおかしさ、捏造の可能性を指摘しているだけでも意味がある。
(とくに産経新聞の恣意性。この新聞は縮小版を出しておらず、
記事の検証がしづらいという。それでは公器といえないのでは)
「自作自演」などという説を流したマスコミは、そんな事実はなかったわけだから、
謝罪するべきではないだろうか。

一番すっきりしたのは、イデオロギーでなく、どんな思想を持とうが人間は自由、ということをはっきりいっていたこと。
当たり前のことなのに、こんなことで胸をつかえが下りるなんて、日本は本当におかしくなってしまったと思う。
だって人質が政府の方針に反対だったからバッシングするなんて、民主主義とはいえないではないか。
思想の自由がない国は共産主義国家と同じ、北朝鮮のことなど言えない。
あってはならない「政治犯」という言葉が浮かんだ。
異なる思想の人間を排除していたら、活力のない国になること間違いないのに。

一部の論壇誌は、ネットの掲示板を引用しているような論文を載せているらしいが、
それは言論誌としていくらなんでも無茶、という批判もまったくもっともである。
また、人質をバッシングした人たちの、アラブに対する無知も紹介されていた。
しかしあの異常な反応は、ここにもあるように、自衛隊派遣を撤回させられることへの恐怖だったのだろう。

やはり日本は病んでいるのではないだろうか。


今月のベストワン

香山リカ「〈私〉の愛国心」