2005年10月        

10月6日 ベルギー国立モネ劇場来日公演「ドン・ジョヴァンニ」(文化村オーチャードホール)

ベルギーはブリュッセル、モネ劇場の音楽監督に就任し、
飛ぶ鳥を落とす勢い?の指揮者、大野和士。
その大野和士が、モネ劇場を連れて日本に凱旋、「ドン・ジョヴァンニ」を上演した。
この秋一番注目していた公演。
大野ファンなのか、会場におしゃれな女性多し。
NBSの主催公演(スカラ座とか)にきているリッチマダムたちとはちょっと違う客層。もちろん男性率の高いワーグナーとも違う。
面白いですね。

演奏は、すばらしかった。
これまで聴いた「ドン・ジョヴァンニ」 のなかで、指揮者&オケでは最高レベルなのではないだろうか。
この点に関しては、小澤さんは遠く及ばない。
なぜかって、歌手に歌わせるのが、大野さんのほうがだんとつにうまいのだ。
歌手をよく聴いている。
彼の指揮を知っている人に言わせると、大野さんの指揮は隅々まで考え抜かれているというのだが、
それをまつたく感じさせない(つまりうまいということでしょう)。
とにかく、レチタティーヴォから歌への移行が、こんなに自然(に聴こえる)演奏に初めてであった。
音楽の流れの自然で流麗で豊かなこと、脱帽です。

プログラムによれば、大野さんはピリオド楽器の奏法を研究して取り入れ、金管楽器やティンパニにはピリオド楽器を使っているというが、
なるほどきびきびした音楽づくり。テンポ感もいい。
ときどきある「間」の入れ方も絶妙。
大野さんは自分でチェンバロも弾いていた。演奏中、指揮棒を持たない時があるのは、レチタティーヴォでチェンバロを弾いている時。
うーん、ほんとに脱帽。

歌手は、それは、たとえば小澤さんがウィーン国立歌劇場と来たときようなスターばかりではないので、
ひとりひとりの力はやや物足りない部分もあるが、
音楽の流れがいいので、あまり苦にならなかった。
来日できなくなったライナー・トローストに代わったドン・オッターヴィオ役のイエルク・シュナイダーはさすがに見劣りしたが
(いい体格なのに声量も表現力もまだまだ・・・・)。
歌手では、主役のサイモン・キーンリサイドもよかったが、
ドンナ・エルヴィーラ役のマルティーナ・セラフィンが入魂の歌唱で印象に残った。
声もやや金属質ではあるが、艶があり、美しい。

演出(ディヴィット・マクヴィカー)は、やや過剰気味ではあるけれど無駄のない演技づけで、雄弁に物語を浮かび上がらせた。
登場人物だけで説明が足りない時は、後ろにパントマイム的な人物を配して、状況を理解する手助けにしていたのも分かりやすい。
流行の読み替え、意味不明の演出とは明らかに一線を画していた。
ときどきリアルすぎる(ドン・ジョヴァンニが騎士長に何度もとどめを刺したり)ところもあったけれど。
「夜」の雰囲気を終始漂わせ、舞台前面にあらかじめ「地獄」を用意していた装置も悪くなかったが、
遠くから見るとやや暗くて分かりにくかったのでは。
モネ劇場みたいな1100席しかないところならまだしも、ここはオーチャードホールなので。

最後の、騎士長がジョヴァンニを地獄に連れ込む場面で、
バックにこうもりみたいな大きな悪魔が現れ、剣を振りかざしたりしたのは迫力ありましたねえ。
もっと見たかった?


10月7日 ボヘミア・オペラ公演「利口な女狐の物語」(東京国際フォーラム)

チェコのピルゼンにある、国立プルゼーニュ歌劇場(広告などには分かりやすくするためか?「ボヘミア・オペラ」と銘打っている)の来日公演。
1ヶ月以上来日し、「カルメン」や「トロヴァトーレ」も上演しているが、
 めったに上演されないヤナーチェクのオペラ「利口な女狐の物語」を聴きに行った。
このオペラ、来日歌劇場が上演するのは初めてだそう。
いい作品なので、もっと取り上げて欲しいものだけれど。

作品は、森を舞台にヤナーチェクがつづる自然賛歌。
独特の色彩感を持つ精妙な音楽、
森の虫や動物たちのダンス、
人間と動物の交流と、ヤナーチェクにしかなしえなかった精緻で生き生きした音画が繰り広げられる。
特定の歌手が目立つようなオペラではないが、作品自体の音楽的な満足度は高い。
今回の上演も、音楽的にはすごくレベルが高い、というわけではないし、
舞台装置も簡素なものだったけれど、
ヤナーチェクのやわらかな世界は十二分に楽しめた。
会場のせいで、音が上へ抜けて聴こえにくかったのが残念。


10月9日 バイエルン国立歌劇場公演「アリオダンテ」(東京文化会館)

「音楽の友に批評を書きますので(11月刊行の12月号)、そちらをご参照ください。

10月14日 マティアス・ゲルネ シューマンの夕べ(オペラシティコンサートホール)

ドイツ期待のバリトンで、前回の来日のときに「冬の旅」が評判になったゲルネの、シューマンの夕べ。
「冬の旅」を聴きそびれたので、楽しみでした。

プログラムは前半が「詩人の恋」、後半が「リーダークライス」と、リート3曲。

ゲルネは、作品のなかに没入するタイプ。深く降りていって、その作品を読み取り、感じ取ろうとしているところにとても好感が持てる。
ひとつひとつの作品の世界を、ていねいに、そして情熱的に、再現しようとしている姿勢が見て取れる。
その結果、作品がよい意味でとてもふくらみをもち、手に取るようにありありと迫ってくるのだ。
一方で押し付けがましさがないのも快い。
テクニックも万全だが、それで圧倒するようなこともなかった。

フィッシャー=ディスカウの後をつぐバリトンになるかも。期待大です。


10月15日 二期会公演「ジュリアス・シーザー」(北とぴあ)

鈴木雅明&BCJがオケピットに入る、二期会主催のバロック・オペラ、
第1弾の「ポッペアの戴冠」に続き、今年はヘンデルの「ジュリアス・シーザー」が上演された。
この作品、名前が知られているわりにはほとんど上演されないので、貴重な機会ではある。
演出はベテランの平尾力哉、歌手は若手を中心に起用していた。

この公演の最大の売り物は、鈴木&BCJだと思うけれど、
音楽づくりは総じてまじめな印象。まとまりはいいし、きれいだし、またホルンは(多少苦労していたようだが)冒険していたし、
もちろんそれなりに聴き応えはあったのだが、やはり昨今の古楽演奏家たちによるバロック・オペラに比べると、
おとなしい印象はいなめない。

歌手は、主役シーザーの山下牧子、クレオパトラの文野小百合はいずれも健闘していた。
山下さんはかなり安定度が高い感じだし、文野さんは声に艶とふくらみがあり、これからが楽しみ。
将来性という点では、セスト役の日比野幸、アキッラ役の萩原潤も期待できそう。

平尾氏の演出は、狭い舞台のハンディを負いながら、円型の階段を中央に置いて、それをばらして動かしたりして装置を工夫し、
一方背面3方にスクリーンを置き、映像でその場その場を表現していく。
設定は現代にしてあり、シーザーのローマ帝国による支配を、現代のパクス・アメリカーナに投影していた。
それはそれで面白かったけれど、ブーイングも出ましたね。私は悪くないと思うけれど。
(ただし歌手の動きはかなり棒立ち状態。もっとスムーズに動いてもいい)
ヘンデルは演出で冒険できるのだから、もっとしてもいいくらいだし、
そういう意味では、音楽ももっともっと冒険するべき。
日本の聴衆は異様に程度が高く(今回はBCJファンが多いせいかもしれないが)、
上演時間3時間40分、休憩はわずか15分が2回という過酷な!条件でもほとんど眠るひとはいなかったが、
この現代で、ヘンデルのオペラを上演するなら、相当スリリングでないとごく一般のファンはついてこないと思う。


10月16日 プラハ国立歌劇場公演「アイーダ」(東京文化会館)

4年前(だったかな)に来日して、やはり「アイーダ」を公演した劇場が、再び「アイーダ」を持ってきた。
そのときはホセ・クーラのラダメスが売り物だったが、今回はマリア・グレギーナがタイトル・ロールを歌うのが一番の売りでした。

そのグレギーナ、やはり貫禄はあり。声量、ドラマティックな迫力は、この役に向いている。
前半飛ばしすぎたせいか?後半やや崩れたが、やはり総合的には力のある歌手ではないだろうか。
ラダメス役のヤネス・ロトリッチも、声量、声の滑らかさ、表現力などなかなかかのレベルだった。
アムネリス役のガリア・イブラギモヴァは、個性的な声だが、この役柄にはこれくらい個性があっていいし、
技巧的にも高く、満足のいくできばえ。声がところどころ続かない箇所があったが、
そこさえクリアすれば素晴らしいアムネリス歌手だと思う。
アモナズロ役のマルティン・バールダも悪くなかった。

というわけで、ソリスト陣はまずまず満足のいくレベルだったのだが、
どうにもしまらないのが合唱。素人くさいというか・・・「アイーダ」は合唱も要、何とかしてもらいたい。
オーケストラも疲れ気味、時々歌手と合わないのも気になった(指揮者の責任ももちろん)。
ハードスケジュールだから仕方がないとはいえ。。。
このあたりがこの歌劇場の限界かもしれない。


10月20日 新国立劇場公演「セビリヤの理髪師」(新国立劇場)

10月の新国は、「セビリヤの理髪師」の新制作。
眼目は、ケップリンガーというひとの演出で、「フランコ独裁体制下のスペイン」という設定。
まあそれなりに面白い舞台で、演技は細かいし、サービス精神もありながら、
独裁者の肖像画が最後には投げ捨てられるというメッセージ性もあり、それなりにまとまった演出だった。
が、この程度なら、すごく面白い、というほどでもないのでは。

それより問題は音楽。「セビリヤの理髪師」でこんなに退屈したのは初めて。信じられない!
まずニール・カバレッティの指揮がどうしようもない。こんなスローテンポで生真面目にやられた日には、ロッシーニの音楽が死んでしまう。
外国人独唱歌手もフォルクスオパーレベル。これなら日本人を出せ!といいたい。
とくにフィガロのダニエル・ベルチャーがつまらない。フィガロがつまらなくて何の「セビリヤ」か。
ロジーナ役のシャハムも全然ベルカントではなく、完全にミスキャスト。
新国の歌手の選択眼(耳)はどうなっているのだろうか。
日本人で、バルトロ役の柴山昌宣は健闘していたけれど、それでもロッシーニ歌いといえるほどこなれているとはいえない。

瀕死のロッシーニ。誰か助けて!


10月22日、23日 びわ湖ホールプロデュースオペラ「スティッフェリオ」(びわ湖ホール)

毎年、ヴェルディの日本初演オペラを取り上げている「びわ湖ホール・プロデュース・オペラ」。
今年は「スティッフェリオ」。「リゴレット」の1作前、心理劇で、音楽的にも傑作なので、楽しみにしていた。
公演は2日だが、全てダブルキャストなので両日を見る。
とくに初日の主役、福井敬に期待。

その初日、期待通り、いやそれ以上の名演でした。
福井さんはじめ、全ソリストが好演。
福井さんはまさに入魂の歌唱。安定度、表現力、抜群。文句なく今の日本のテノールのナンバーワンではないだろうか。
自然な感情表現、中音域の安定度、発声のすばらしさも特筆に価する。
スタンカー役の堀内康雄も熱唱。
もともと美声だが、深み、艶、幅の広さ、表現力、文句なし。このひとも今の日本のトップ・バリトンなのでは。
ラッファエーレ役の井ノ上了吏、ヨルグ役の久保田真澄も持ち味を生かした、ききごたえのある歌唱。
リーナ役の小濱妙美は、やや癖のある声だが、やはり技術的には安定していて、
表現力もあり、安心して聴けた。

第2幕のフィナーレなどまさに圧巻。ブラボーの嵐でした。

若杉弘の指揮は、歌手の力を引き出す点でやはりさすが。
序曲などは、もう少し工夫してもよかったかも。

鈴木敬介の演出はごくオーソドックスで、安心して見られるもの。
アクリルの透ける素材を使い、その向こう側で起こっている事件を見せたのは分かりやすかったし、
最終幕の教会のシーンは、遠近法を活用した迫力のある舞台装置だった。

2日目は、初日に比べると残念ながらかなり見劣りがした。
主役の中鉢聡は、高音はきれいだが中音が頼りなく、また高音も高いところは決まらなかったりする。
声自体はきれいなのだが・・・
やはりこのような心理的な表現力の要求される役は難しいのでは。
スタンカーの折江忠道も熱演ではあったが、堀内さんに比べると安定度、声量ともに負けてしまう。
リーナ役の横山恵子、彼女も声のきれいなひと。
段々調子はよくなった。ちょっと大人しめ。

しかしこの初日の公演は、日本人だけでこれだけのことができる、世界のどこに出しても恥ずかしくない公演でした。
これが1回だけはもったいない。
若杉さんはもうすぐ新国の監督になるので、新国でぜひ取り上げて欲しいのだが。


10月30日 東京室内歌劇場公演「曽根崎心中」「オベルト」

意欲的な公演で知られる東京室内歌劇場、
今回は、入野義朗の遺作「曽根崎心中」と、ヴェルディの処女オペラ「オベルト」(日本初演)の2本立て公演、
2日間で両日ダブルキャストで挑戦。
とくに「オベルト」の方は、日伊混成ソリスト陣で挑んだ。
さらにこの両演目、今年の夏に共催のスポレート音楽祭(実験劇場)で上演れされている。
日伊交流の意義もある公演、ということらしい。

「曽根崎心中」の方は、舞台(演出:飯塚励生)はとても美しく、舞台の使い方にも工夫をこらし、どこをとっても絵になったが、
音楽の方はとても感想など書ける立場にない。
主演の田島茂代は熱演でした。

「オベルト」の方は期待以上。
ソリストはソプラノ、メゾの女声2人がイタリア勢だったが、2人ともすぐれていた。
とくにヒロインのレオノーラ役のフランチェスカ・サッスは、声がきれいで、よく通る。
コンチェルタートで一人だけ突出してくるのだからすごい。
表現力もあり、これから伸びるのではないだろうか。
ちなみにスポレートのコンクールの優勝者ということでした。
日本人はおもに男声、リッカルド役のテノール、行天祥晃はまずまずだったが(高音はやや不安定)、
表題役オベルトの大澤恒夫にはがっかり。
まるで声量がなく、また声の魅力に欠ける。
どうしてこのひとが選ばれたのか、正直なところ不思議ではあった。

指揮(ヴイート・クレメンテ)もイタ・オペにぴったりの景気のいい、
「活きのいい」指揮で二重丸でした。
イタ・オペはこうじゃなくちゃ。

演出(アントニオ・ペトリス)はオーソドックス。でもこれくらいでいいいです。日本初演だもの。
それにしても、2週連続でヴェルディの初演オペラなんて、日本はすごい国です。

最後にひとつ文句。プログラムに掲載されていたあらすじの日本語は最低。
「リッカルド1228年のバッサーノ。」
どういう意味でしょうか。小学生以下です。
「レオノーラ」を「レオノーレ」と繰り返し書き間違えているのも信じられなかった。校正というものはしないのだろうか。
曾根崎心中のほうのあらすじも、主語があちこち抜けているので分からないことおびただしい。
いくら無記名といえ、まともな日本語を書ける人間を連れてくるべきではないだろうか。


今月のベストワン

モネ劇場公演「ドン・ジョヴァンニ」

次点

「スティッフェリオ」23日公演