2004年10月        

10月1日 鈴木雅明オルガン・リサイタル(東京芸術劇場)

東京芸術劇場のガルニエ・オルガンを使ってのバッハの夕べ。
オルガンの鑑賞能力はないので、詳しいコメントなどできないが、
有名な「トッカータとフーガ」BWV565をあっさり、
対して、プレリュードとフーガBWV548は、宇宙的大曲ぶりをうきたたせたあたりが鈴木流?


10月3日 新国立劇場公演「ラ・ボエーム」(新国立劇場)

10月の新国は「ラ・ボエーム」の再演。2年前のプロダクション(粟国淳演出)だったかな。
あの時はミミのチェドリンス、ムゼッタの中島彰子と、女声2人が好演だったのだが、
今回は聞いたことのない歌手ばかり、ちょっと心配でした。

心配は的中。若い歌手がほとんどだったが、魅力のあるひとはいなかったといってもいい。
ミミ役のニテスクは、ちょっといい声だと思ったが、あとは魅力なし。
一番つまらなかったのが、ロドルフォ役のヴァレンティ。アメリカ人の若い歌手、まだほとんどキャリアはないに等しい。
声量も魅力もないし、「冷たい手を」でブラボーが出ない「ボエーム」なんて初めて聴いた。
よほど有望ならともかく、日本の国立劇場の主役がこれでは問題なのでは・・・・
マルチェロ役のフレドリクソンも同様。声量がなく、アンサンブルのなかで聴こえてこない。
ムゼッタ役の水島育、日本人で期待したが完全なミスキャスト。ムゼッタを歌うには声も雰囲気もまじめすぎる。

ソリストのなかでよかったのは、中国出身のリー(バス)。
よく響く豊かな声で、将来が期待できそうだ。

指揮の井上道義は、「カヴァレリア・・・」ほかの阪哲郎よりはよかったが、
時々声にかぶさってしまう傾向があるように思った。

演出はきわめてオーソドックスだけれど、第2幕のパリの雑踏など、背景を動かして活気と動感を出し、
群集の動きもこまやかで、見て楽しめる舞台づくり。
一番よかったのが、再演の演出というのはほんとモンダイですね。


10月6日 ウィーン国立歌劇場公演「ドン・ジョヴァンニ」(東京文化会館)

小沢征爾が音楽監督に就任したウィーン国立歌劇場。
小沢氏との来日公演、彼の凱旋公演でもある。
歌手もすばらしく、プラチナ・チケットだったので、体調不良をおして出かける。

いやすばらしかった。痛むおなかを押さえてうなりながら?出かけた価値はありました。
肝心の小沢氏の指揮は、正直感心しない点もあったのだけれど
(歌手に合わせていない、歌手を聴いていないと思われることが時々あり、
歌手とずれてしまって、歌手がちょっと気の毒だった。
あと間の取り方。もっとゆったり取った方がいいと思うこと多々あり。
オケだけの部分はさすが、と思うことも多かったのだが。)
やはり歌手がすごい。
オケも(まあウィーンフィルなんだから当然だが)素晴らしく、
全体の水準が高いことをつくづく感じた。

歌手はまずやはり主役のトーマス・ハンプソン。
声(美声!)演技ともに表現力がすばらしく、
肉体的な演技、声での演技、ともに天才的とでもいうべき細やかさ。
そして観るひとをひきつけてしまうオーラがすごい。人
もちろん、すごく勉強家なのだろうけれど。
そしてドンナ・アンナのグルベローヴァも圧巻!
アリア2曲、ともに大アリアだけれど、とくに1曲目の「オッターヴィオ、死にそう」に始まるアリアを、
あれほど劇的に歌った歌手は初めて。
《ドン・ジョヴァンニ》はロマン派的なオペラといわれ、なかでもドンナ・アンナは
その象徴のように19世紀には人気のキャラだったらしいが、
その理由がよーくわかった。
多少声は老けている感じも受けたが、声量は圧倒的で、とにかくすばらしかった。
役柄への投入度もすごいものだ。
ツェルリーナのキルヒシュラーガー、今人気の歌手で注目したが、
たしかに声もきれいだし、容姿もかわいらしいけれど、
この役にはちょっと知的過ぎるかも。
ツェルリーナだと、もうちょっとコケットさが欲しいところだ。

マゼット役のシン(韓国人)、レポレロ役のムラーロもいい歌手だった。

ソリストで唯一残念だったのが、ドンナ・エルヴィーラのレジーナ・シェルク。
雰囲気はある歌手だと思うが、声量が足りず、コロラトゥーラの技術もやや危なくて決まらない。
本当のヒロインは彼女なのだから、
もう少しいい歌手が欲しい。

演出はゼフィレッリで、何と1976年、30年前のプロダクションだが、
今でもウィーンで上演されているという。
オーソドックスだが、ほどよく抽象化されており、
とくに彼の得意な紗の緞帳や、これははじめてみたが、木の枝を横にしてピアノ線でつないだような独特のカーテン?を
幾重にも使い、それを上下に動かして微妙な雰囲気、空気を出すところなど
興味深く観た。
細かい動き、表情まで演出が行き届いているのはさすが。
21世紀の今でも十分楽しめるプロダクション、さすがゼフィレッリだ。

まあ全体に、ほんとレベルの高さを思い知らされた。

そして、《ドン・ジョヴァンニ》の音楽の素晴らしさも再認識した。
その作品の素晴らしさを認識させてくれる公演こそ、本当にいい公演なのだと思う。
そう、これで指揮がチョン・ミュンフンだったらもっとよかったのでは。



10月8日 ハンガリー国立歌劇場公演「リゴレット」(神戸こくさいホール)

6月にもパルマで聴いて感激した名バリトン、レナート・ブルゾンが、
とくいの「リゴレット」をやるというので、神戸まで出かけた。
東京公演もあるのだけれど、他の公演とぶつかってしまっていたので・・・・
わざわさ神戸まで行ったのは、彼のリゴレットは当たり役と評判なのにもかかわらず、
本格的なステージでの上演は日本では初めてなので(ホール公演はあり)。

よかったですね。神戸まで行った甲斐はありました。
ホールもきれいだったし。

驚いた、というか、これはこちらの勉強不足だったのだが、
全体のレベルの高さ。
それはもちろん、ウィーンなどとは比べられないが、
よく来日する東欧の歌劇場のなかでは、相当な高水準なのではないだろうか。
「前奏曲」から、弦の響きが美しくて引き込まれた。
たぶんハンガリーでは一番いいオペラハウスなのだろう。

期待のブルゾンは、ちょっと声がかすれて今ひとつ本調子ではなかったようだが、
だんだん調子をあげ、声量、美声、存在感で他を圧倒、
力を見せ付けた。
表情ひとつにも、歌舞伎役者のような計算された役作り。
春に聴いた「トスカ」よりずっとよかったが、やはりこれは役柄のせいもあるだろう。

ジルダ役のケルテージは、いかにも清純な感じで、雰囲気は役柄にぴったり。
声も清楚でよかったが、技術的にはもうひとつで、惜しいな、という場面もあった。
これから次第で大きくなれる歌手だろう。
マントヴァ公のフェケテも、リリックな美声。
とくに第2幕のアリアは熱唱。「女心の歌」はもうひとつだったが(声が出し切れなかった)、
でも声量もあるし、やはりこれからが楽しみな歌手。
おっ、と驚いたのが、スパラフチーレ役のスヴェーテク。
とにかくど迫力の声なのだ。天性のものだろう。
これから次第で、大物になりそう。
個性的な声なので、「ボリス・ゴドゥノフ」の主役など歌ってもらいたい。

指揮(ケッセリャーク)も手堅く、好演。
時々歌手とあわなくなり(たぶん歌手が指揮を見ていない)、ちょっと苦労してましたね。
ご愛嬌ていどですが。

そして今日も《リゴレット》という作品の素晴らしさを、改めて思い知らされた。
ひたすらドラマと音楽が密着した傑作だということ。
音楽はみなドラマに奉仕する。
ウィーンの《ドン・ジョヴァンニ》が、音楽を楽しませてくれる余裕のあるモーツァルトを浮き彫りにしたのと対照的に、
今日はドラマティスト、ヴェルディを確認した。
ウィーンの《ドン・ジョヴァンニ》もだったが、
結局いい演奏というのは、その作品の素晴らしさを改めて教えてくれる演奏ではないだろうか。
以前からの持論だが、これも再確認した。

それからもうひとつ、出演歌手、ブルゾン以外はほとんどハンガリーの人間だったり、
ブダペストのリスト音楽院で勉強したひとばかり。
つまり自国の歌手を大事に育成しているのだ。
それに比べて新国はどうなっているのだろうか。



10月16日 びわ湖ホールプロデュース・オペラ 「十字軍のロンバルディア人」(びわ湖ホール)

毎年恒例の、ヴェルディの日本初演作品を紹介する「びわ湖ホール・プロデュース・オペラ」、
7年目の今年は、1843年に作曲された「第一次十字軍のロンバルディア人」。
「ナブッコ」の次のオペラで、「ナブッコ」の同工異曲だといわれることもあるのだが、
いえいえそんなことはなく、むしろいろいろ新しいことをやっているのが目につくオペラ。
お話がわかりにくいのがモンダイなのだが、
宮廷オペラ・セリアの残滓を引きずっている時代、多少のわかりにくさは許容されたのではないだろうか。

公演自体はすばらしいものだった。
この作品は合唱が実質的な主役なのだが、まずその合唱がすばらしい。
技術的にも、また表現力もきわめて高く、イタリアのいい劇場の合唱にも負けない質だと思った。
歌手陣も健闘。
このシリーズ初登場の、日本を代表するテノール市原多朗(オロンテ)は、さすがの貫禄だったし、
プリマ・ドンナのジゼルダ役の浜田理恵は、多少高音が苦しそうだったが、
熱演していた。
ちょっと彼女には合わない声質の役だったかもしれない。
これは難役なので、日本人で歌える歌手はきわめて少ないと思う。
ソリストの中で実質的な主役といえるパガーノ役の福島明也も熱演。ドラマティックな表現で傑出していた。
あと「声」がすばらしかったのは、ピッロ役の小鉄和広。本当は主役をつとめるべきひとなのに、
脇役なのだからぜいたくだ。
主役級といえば、母親ヴィクリンダ役の横山恵子もそうで、
彼女のような、二期会でたびたび主役をつとめ、昨年のこのシリーズでも主役だったひとが脇役だから、
2日間続けてダブル・キャストで、ソリストがみな入れ替わることを考えると、
このシリーズ、日本人のオールスター・キャストに近い形だといえる。

指揮の若杉弘、練れた腕前、しかし熱の入り方は一段で、
京都市響を自在にコントロールしていた。
やはりオペラの指揮では小沢氏より1日の長がある。

演出(鈴木敬介)は、このシリーズのコンセプトで、
分かりやすいことを前面に出したもの。
最後のイェルサレムの場面で、「嘆きの壁」を出したのは新機軸だったが。
この壁、必要だったかどうかはなかなか微妙な気もした。
もう少ししゃれた「壁」の出し方があってもいいのでは。



10月17日 びわ湖ホールプロデュース・オペラ「十字軍のロンバルディア人」(びわ湖ホール)

ダブルキャストの2日目。
今日の目玉は、福井敬(オロンテ)と、小浜妙美(ジゼルダ)。

福井敬、すばらしかった!この2日間に聴いた歌手のなかで最高のでき。
美声に、厚みと芯が加わっていて、スケールが大きくなっていた。
登場のアリア「私の喜び」の熱唱で、会場が一瞬しん、となったのだ。なかなかないことである。
本来リリック・テナーだと思うのだけれど、なんだかかなり幅が広がってきたようだ。
この役には、賭けていたのではないだろうか。そんな気迫を感じた。

小浜妙美も、昨日の浜田理恵より、この役にあっていたような気がする。
声がしっかりしていて、かなりドラマティコなので。
浜田さんはいい歌手で、うまいと思うけれど、想像するにやはりフランスものの、
ニュアンスに富んだものの方が力が発揮できるのでは。

それにしてもすごい公演で、
最後には涙が出てきた。
最後はまあ感動的なシーンではあるのだが、
話の内容より音楽(演奏)の力だと思う。


10月19日 エディタ・グルベローヴァ ソプラノ・リサイタル(サントリーホール)

コロラトゥーラの女王、グルベローヴァのソプラノ・リサイタル。
ドイツ・リートのプログラム(シューベルト、、リヒャルト・シュトラウス)で、彼女のオペラしか知らないので、???とちょっと思ったりして。

そうですね、受け止め方によるのだと思うのだが、私には正直違和感のある演奏だっった。
もちろん美声。それはほんとにそうで、美声は堪能できる。シューベルトのメロディうの美しさも。
けれど、リートって、やっぱり言葉が聞こえてこないと面白くない、と思ってしまうんですね。
美しい声、それがするするとすべっているような感じで、ドイツ語がきこえてこず、私は正直ぴんと来なかった。
アンコールで、待望のコロラトゥーラ3曲、
「つばめ」、「アンナ・ボレーナ」、「シャモニーのリンダ」、
これは文句なく堪能しました。すばらしかつた。
みんなこれが聴きたかったんじゃないかなあ。
ピアノ(フリードリヒ・ハイダー)は、どってことないピアノでした。

ちょっと不親切だったのは、字幕もプログラムの対訳もないこと。
どちらかは必要なのでは。
解説もはっきりいってあまりよくないものだったので、よけい字幕は必要。
主催者はプログラムをあまり重視していないのでは。そんな印象を受けた。



10月21日 ハンガリー国立歌劇場公演「椿姫」(大宮ソニックシティ)

神戸まで出かけて聴いた名バリトン、 ブルゾンと、
最近絶好調のハンガリー生まれのソプラノ、ロストが共演する「椿姫」。
大宮はちょっと遠かったけど、この2人が共演する「椿姫」は首都圏ではここだけというので、出かける。

期待の2人はやはり期待通り、
とくにロストがすばらしかった。
リリックな、美しい、そしてかわいらしい声だが、ちょっと湿った感じで、それがまた味がある。
テクニックもあぶなげなく、これも小柄で可愛らしい容姿とあいまって、魅せ、聴かせた。
とても可憐は感じのヴィオレッッタで、なかなかこれだけのヴィオレツタはいないかも。

ブルゾンはまあ貫禄ですね。ジェルモンのいやらしさも出せるのはさすが(芝居と歌で)。
アルフレードのコヴァーチハージはまあ無難なリリックテナー。
合唱は残念ながら今ひとつだった。

ベーケーシュ演出の舞台は、数枚の鏡に見立てた板を中心に、簡単な装置を工夫して使いまわしたもの。
第3幕の冒頭の前奏曲で、アルフレードの姿やヴィオレッタの調度を買い付けに来る商売人を出しているところなどに一工夫。
ゼフィレッリの影響もあるかな。
色彩感覚はややけばけばしく(リゴレットもそうだったが)、
それがが逆に娼婦を取り巻く環境の俗悪さを暗示しているといえばいえるだろうか。

指揮(メドヴェッキー)は、とりたてて感じるところはなかった。
音楽作りとしては「リゴレット」のケッセリヤークの方がメリハリあり。


10月24日 モーツァルト劇場公演「愛の女庭師」(新国立劇場中劇場)

ドイツ文学者で、モーツァルトの研究家としても有名な高橋英夫氏の主催する「モーツァルト劇場」は、
モーツァルトだけでなく、マイナーなオペラの日本語上演を意欲的に行っている団体。
今回の演目は、モーツァルト18歳のときのオペラ・ブッファ「愛の女庭師」。

一番感じ入ったのは、日本語のすばらしさ。
日本でオペラを上演するときは日本語訳にするべき、という声があるのはもちろん承知しているが、
これまで見た日本語(訳)オペラで、日本語がよく聴こえた、理解できたということはまずめったにない。
だいたい原語にあうように作曲されているのだから、他の言葉に訳すこと自体が無理なのでは、という思いもしていた。
ところが今日は、こなれた自然な日本語が、くっきりと聞こえてきたのだ。脱帽。
これは高橋氏の功績だろう。オペラの日本語がここまで自然になれる、というお手本だと思った。

音楽も、モーツァルトらしい翳り、転換が随所に感じられ、楽しめるものだった。
歌手陣では主役ヴィオランテの赤星啓子が美声をよく聴かせてくれたし、
狂言回しの召使ナルドを歌った宮本益光も歌、演技ともに達者なひとだった。
市長アンキーゼ役の蔵田雅之も奮闘。

文学座で経験をつんでいる松本祐子の演出はさすがに表情に富み、モーツァルトの音楽との齟齬もなく、
説得力のある、また楽しい舞台を作り出していた。


10月26日 バーバラ・ボニー ソプラノリサイタル(フィリアホール)

世界最高のリリック・ソプラノのひとり、バーバラ・ボニーのリサイタルを、
青葉台の小さなホールで聴く。贅沢。
プログラムは武満徹、リヒャルト・シュトラウス、休憩をはさんでリスト、そして最後はオペレッタのアリア、というかなり渋めのもの。

ボニーの声は本当に美しい。透き通るような、輝くような、でもしっとりした部分もあり、
その声を自在にコントロールできるところが魅力。
とくにチェロ(若い頃はチェリストだったそう)のボーイングのように、ヴォリュームを調節したり、ふくらみを持たせることができる、
その美しさが味わえるところ。
それから、リートの場合に重要な、言葉を大事にしているところ。
美しい声に言葉が埋没しない。それはたとえばグルベローヴァとは違う。
プログラムの曲の数々も、そのような、言葉を掬い取るようなものが多かった(とくにリヒャルト・シュトラウス)のように思えた。
かそけき瞬間、声が宙に放たれる瞬間をとらえ、すくいあげるような歌。
言葉の余韻を楽しむ歌。
その微細なゆらめきを「声」で表現できる技術(でしょうね)はすばらしい。

一転して機敏で快活なオペレッタでは、演技力も加えてチャーミングな面を発揮していた。

ピアノのヴォルフラム・リーガーもすばらしいピアニスト。
歌を支えながらもボニーのもつ空気をこわさず、
一体感をかもしだした技術は、これまた卓越していた。
音自体も美しく、ふくよかな余韻に満ちている。「歌」的な音かもしれない。
また聴きたいひとである。


10月27日 クレメラータ・バルティカ演奏会(フィリアホール)

世界のトップヴァイオリニストの一人、ギドン・クレーメルと、
彼が編成した若手音楽家のアンサンブル、クレメラータ・バルティカによる演奏会。
彼の出身地であるバルト三国の音楽振興をかね、当地若手を集めた団体なのだそうだ。
だから「バルティカ」(バルトの)。
プログラムは、バッハのブランデンブルク協奏曲第3番、
シュニトケの合奏協奏曲第3番、そしてシューベルトの弦楽四重奏曲代15番のオーケストラ版。
アンコールに、クレーメル得意のピアソラ1曲(もりあがった!)。

よくも悪くもクレーメルの求心力が強いアンサンブル。
アンサンブルのまとまりも抜群だが、クレーメルという芯(この表現が適切かどうかわからないが)あってのことだろう。
75年生まれくらいの音楽家がほとんどで、もちろん若々しくフレッシュでみずみずしい。
ちょっと曇りがかった鈍い銀のような音色は、北国の香りだろうか。

シュニトケ(音色七変化!)もシューベルトも面白かったが、
とくにシューベルト、弦楽四重奏のままだとちょっと渋い曲なのだけれど、
オケ編曲版ではやや開放的な感じになり、聴きやすい曲になっていた。



10月29日 オペラ・ガラ・コンサート(東京オペラシティコンサートホール)

1935年生まれのイタリアの名メゾ・ソプラノ、フィオレンツァ・コッソットをメインにしたガラコンサート。
あとのソリストは、ブルガリア生まれのズヴェタン・ミハイロフ(テノール)と、
ハンガリーのソプラノ、ゲオルギーナ・フォン・ベンツァ。
ミハイロフは6月にパルマで聴いてよかったので、期待していた。
オーケストラは増田宏昭指揮のノルトハウゼン歌劇場管弦楽団。
このオケは初来日、増田氏の凱旋コンサートでもあるようで、
27日にはオーケストラコンサートがあった。オケの力を知るにはそっちの方がいいだろうな。

看板のコッソット、3年前から毎年のように来ているが、
1年ごとに悪くなる。もう限界なのでは。
素晴らしい時期を知っているので、引き際を、とおもってしまった。
まず高音が出ないし、音程が取れない。
息も続かなくなっているようで、
得意の「トロヴァトーレ」のアリアは何とかカバーしたものの、アンコールの「ハバネラ」などは悲惨だった。
一番素晴らしかったのはやはりミハイロフ。自然に声が出ている感じで、「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」では会場大沸き。
アンコールの「星は光りぬ」も同様だった。
声じたいがいい声だし、らくらくと出ているので、気持ちがいい。
昨年はザルツブルクでホフマンを歌ったということで、これからどんどん出てくるひとだと思う。
ベンツァは、声じたいはきれいではあるのだが、ちょっと苦しい感じ。
彼女の売りであるドラマティックにはちょっと足りないな、というところか。

オケはいたってまじめ。「ナブッコ」の序曲は熱演だった。